2013/09/20

悲しい

今朝は能天気に違う文章を書いていました。書きかけの文章を保存して家路に着く道。大好きな樹に何やら白い張り紙が二枚。なんだか悪い予感がして近づくと今週の日曜日にその大きな大きな栴檀の樹が伐採されることを知りました。
今年の春に私有地側に掛かる枝の半分以上をまるで美的感覚のない人達に無残に伐採されその生々しい傷跡に夫婦揃って悲しんでいたのですが、まさかまさかのこの出来事。
驚いてすぐに明記してある市役所の係りに電話をしてみると二、三人と担当が替わった後に聞かされた話は、なんでも長い間伐採の方向で自治体では話が登っていたらしく春には私有地(駐車場)の落ち葉の管理が出来ないので止むなく半分を切ることに決定して、その後も環境か治水かと伐採賛成、反対に揺れていたのが、この前の台風で治水という方向に一気に傾き今回の伐採決定となったようです。
話を聞き、覆らないことはいえ自分なりの意見を言っているうちにどんどんと涙が溢れ止まらなくなって押しつぶされる思いで電話を切りました。

余りにもプライベートな事なので今まで書いたことがなかったのですが5年前の冬からの長男の体の不調、それに繋がる不登校のため思い切ってここに引っ越してきたのは4年前の初夏。新天地で再び元気に学校に行ってくれるかなという不安と期待が入り混じる毎日の中で川のほとりで満開の花で揺らめく栴檀の樹に虜になりました。秋には黄金色の実をつけてキラキラと輝く川面は渡り鳥や小鷺の家族の住処となって風のざわめきと鳥たちの鳴き声でとても賑やかで。
街から帰って来て川と共にこの大きな樹が見えて来ると本当にいつも何故だか胸がいっぱいになり誇らしげな気持ちになりました。
「見て見て!素晴らしい樹やろー!」って辺り構わず誰かに言いたいくらい。
このブログでも何度か書いた事もあります。
話は前後しますがユックリユックリと息子は回復、そして成長していって今は楽しく日々を過ごしているのですが、季節の中で移りゆくこの樹の姿に何度も何度も励まされました。

こんなにも大きくて素晴らしく美しく多くの生物たちの生態系が丸ごと入っている一本の樹。
もしここにしめ縄が張っていたら、いえ張っていなくても私にとっては御神木でした。
地域の方達にとっても同じだったらしく、この樹を描いた絵を持って市役所に直談判した人や多くの電話もあったらしくその顛末を初めて知った私の言葉なんて、クレーム処理の様に聞き流すだけだったと思います。

コンクリートの中から生えてくる大根を大事に大事に育てようとしてニュースになる。
そんな一方でこんなにも長い時の中でユックリ優美に成長し美しい姿で人々を魅了してきた樹を
いとも簡単に切ってしまう。
わかっています。たまたま私の琴線に触れる樹で、本当に毎日色んな所で色んな場所で大きな樹が何らかの理由で切り倒されていっていることも。心は動かされても環境活動家の様に熱く反対運動もしない自分も。
もしこの自治会に出ていたら私はずっと反対派として声を出して腕を振り上げたかも知れない。
だけどやっぱり決定は覆らなくって涙していたかも知れません。

午後主人とこの樹の根元に座り色んな話をしました。
樹が聞いてくれているかはわかりませんがごめんなさいとありがとうを繰り返し言いました。
そして自分達夫婦に何ができるかと考えた結果、この美しい姿を作品として残そうということになり、主人は午後この風景を筆に納めました。
私はしっかりと目に焼き付けてあるものに仕立てようと思います。

今夜、まだ月夜に照らされてこの美しい樹は立っています。
この姿が2.3日後にはなくなるのがまだ想像も出来ず、そして想像したくありません。

無常。
いつでもどこでもなんであろうと常に変わりゆくことはわかっているし、別れというものは年齢を重ねると共にドンドン増えてもいくのですが本当に悲しいです。

今日はどうしてもこの気持ちを書いておきたかったので、そして誰かに聞いて貰いたかったのでいささかまとまりのない長い文章になりました。
最後まで読んでくれました方本当にありがとうございます。